【小林耳鼻咽喉科医院】 世田谷の耳鼻咽喉科 めまい 耳鳴り アレルギー性鼻炎 耳鼻科

秋田旅行に行って来ました(前編)

先週末にお休みをいただき、秋田旅行に行って来ました。

 

 

 

秋田空港から角館(かくのだて)に移動して

角館歴史館 青柳家

に行きました。

 

 

青柳家は佐竹家の家臣として長く存続している

秋田県の武家です。

 

 

前回の秋田旅行でも佐竹氏ゆかりの場所を訪問しました。

 

佐竹義重の兜

 

 

以前江戸東京博物館で見た兜が強烈なインパクトで

すっかり佐竹家に魅了されました。

 

 

 

青柳家は当主である青柳和泉守が

佐竹義宣に仕えていましたが、

佐竹義宣は関ヶ原の戦いの際、西軍に組したため

1602年秋田に移封されました。

 

秋田藩は佐竹義宣の実弟である

蘆名(あしな)義勝が統治していました。

佐竹氏の国替えにより青柳家は角館に入り、

青柳主水正が蘆名義勝の家臣となりました。

 

明歴2年(1656年)蘆名氏が三代続いた後に断絶し、

青柳家は佐竹北家の佐竹義隣(よしちか)に仕えました。

 

佐竹義隣は蘆名義勝の妹(於奈須)と

京都の公家である高倉大納言永慶の次男として誕生

二代目の佐竹義明も京都の公卿三条実号の娘を

正室としたことより、

角館には多くの京風文化が入ることとなりました。

 

 

青柳家に伝わる兜の数々です。

 

 

 

 

間近に見るとかなりの迫力です。

 

 

六十二間小星兜萌黄威二枚胴具足

 

 

武田流兜と呼ばれるもので

佐竹氏が武田氏と縁戚であった関係で

青柳家に伝わった物です。

 

 

 

 

広大な敷地内にある母屋には

京都の画家、龍野満黄の屏風絵があります。

 

 

 

明治29年(1896年)に青柳家に泊まり込んで描いたものです。

 

 

また解体新書の扉絵を書いた

小野田直武の展示品もありました。

 

 

小野田直武は寛延2年(1750年)角館に生まれ、

幼少時から絵の才能が高く

佐竹北家の当主、佐竹義躬(よしみ)

秋田藩主 佐竹義敦の知遇を受けました。

 

 

 

安永2年(1773年)、佐竹義敦の招きで

鉱山の技術指導のため秋田を訪れていた平賀源内と出会い、

西洋絵画の遠近法や陰影法などを学び

秋田蘭画と呼ばれる一派を形成しました。

 

 

 

 

安永3年(1774年)平賀源内の紹介で

杉田玄白らの解体新書の挿絵を描きます。

 

 

実際に見ると非常に細かな描写で

耳の形や骨の様子が詳細に描かれていました。

 

 

 

こちらは子供と胎盤の描写です。

 

 

草花の描写も繊細で、とても綺麗です。

 

 

展示館を出ると緑に囲まれた落ち着いた庭園があります。

 

 

 

甲冑や解体新書の絵画など

いろいろと歴史的な展示物を見られて

とても充実した楽しい時間でした。